本大好き少女、母になる
私、自他共に認める本大好き人間です。
子どもの頃は食卓でドレッシングの成分表示を、道端の選挙ポスターの掲示板の注意書きを、眼科で白内障手術のパンフレットを貪り読み、
小学校で2学期の最初に目標を書くことになれば、「秋は読書の秋だし日が短くなるから、本を読みすぎないように気をつける」などと書く、ちょっと引くレベルで活字が好きな子どもでした。
そんな人間の子どもに生まれてきたからには、きっとこの子たちも本を読むであろう、という思い込みのもと、絵本のサブスクやら私の趣味で大人買いした絵本やらを子ども部屋に並べられる子どもたち……
その中でお気に入りでボロボロになった本もあるし、見向きもされない本もあるけれど、良いんです。本はあればあるほど良い。好きなのを選べばいいんだよ。
……そんな感じなので、やっぱり読み聞かせもやりたがるわけです。私が。
読み聞かせ=お母さん担当?
実際、子どもと生活していると「お子さんに本を読んであげましょう」という趣旨の文言をしょっちゅう目にしたり、耳にしたりします。
で、その「本を読んであげる時間」なるものは就寝前に設定されていることが多い気がするのです。「慌ただしい一日の終わり、親子で絵本の世界を共有することでホッと一息」的な。
ここで大きな問題となるのが、お母さん(ここでは私)、その時間不在がち、ってことなんですよね……
授業をしていると夜は8時半~9時くらいまで教室にいる日も多く、そういう時の寝かしつけは夫が担当。(ありがとう夫)あの手この手で2人を寝かしつけてくれて絵本もときどき読んでくれてるのですが(ありがとう夫 大事なことなので2回言う)
でもでもでも、でもですよ!
なんだか、児童館とか図書館とか健診でもらう紙とか「親子が寝る前に本読んでる絵」って、だいたいお母さんが読み聞かせてませんか……?
いやもちろんお母さん以外の大人が読んでる図もあるんですけど、やっぱり画像検索しても、体感、お母さん8割、お父さん2割みたいな。
どうもそれを見るたびに良心が痛むというか、後ろめたいというか……
ウッ(泣)
と思うわけです。
かと言って私が大きく生活スタイルを変えることも現実的ではなく。
それに、仮に私だけが空回りした結果、子どもたちが成長して本嫌いになったとして、
「なんでだよぅ!お母さんは君たちのために仕事を調整して本を読んでいたのにッッ!」と私が泣いたところで、反抗期真っ只中の彼らに「なんやねん知らんがな」と一蹴されて
_| ̄|○ チーーーーン
こんな感じになってる自分の姿も想像できるので。
なので現状維持で頑張るしかないんですが、あまりにたびたび「母子読み聞かせノ図」に行きあっては
ウッ(泣)(泣)
と心が痛むので、ここは視点を変えて「1冊の密度を高めるオタク母戦法」で攻めることにしました。
世の中にあふれる絵本ですが
「子どもの心を育てる本(ロングセラー)」と「子どもの目を引く、楽しみの ための本」ってちょっと違いますよね。
調べてみたら、前者は「主食の絵本」、後者は「おやつの絵本」という言い方もするらしいです。
でも子どもって、放っておくとおやつばっかり食べたがるじゃないですか。(私も食べたいですけど、おやつ)
やっぱり絵本も、放っておくとおやつの絵本ばっかり読みたくなっちゃうわけです。
「好きな本持っておいで~」と言うと、おやつの絵本でお腹いっぱいです。もちろんおやつは美味しいです。子どもも嬉しいです。でも、たまには主食の絵本も食べてくれ……と、こうなるわけです。
手をこまねいていてもどうしようもないので、オタク母は考え行動します。そして編み出しました。ズバリ……
必中!1冊の密度を高めるオタク母戦法
① 仕込み
まずは仕込みが大事です。(味噌じゃなくて絵本の話です)読んでみほしい本は、とりあえず買ってきて本棚に入れておきます。「気に入るか分からないから…」と図書館で借りるのではなく、思い切って家にお迎えします。
ここはロングセラーの力を、自分が惚れた1冊の力を信じて!
② 熟成
しばらくじっくり寝かせます。「これ面白いよ!読んでみよう!」と言いたくなるところですが、何食わぬ顔で本棚の一番目立つ場所に置いて、しばらく放置します。「読んでみよう」と言うと反射的に「イヤだね」と思われてしまいがちなので「あれ?こんなのあったっけ?」と本人が手に取るまで待ちます。
③ 天地返し
数日間まったく動きがなかった場合や、手に取ったものの気に入ってもらえなかったようであれば、軽くつついて呼吸させます。繰り返しますが、これは味噌ではなくて絵本の話です。ここでもまだ誘いません。私がいかにも興味深そうな顔で読みます。でも覚悟を持ってお迎えした本ですからね、実際面白いしフリじゃないですよ!
すると「何をしてるの……」という感じでのぞき込んでくるので「今いいところなんだ邪魔しないで」的な雰囲気を出します。なぜか対抗して「こっちやろう」と別の遊びを持ってきますが、「これが終わったらね~ほら見て」と何となく子どもを巻き込んで一緒に読み終えます。
④ 完成
だいたい③の後もう一度寝かせておくと、「これ読んで」とその絵本を持ってくるようになるので完成です。あとは「これは魅力的な本だな」と思ってもらえるように、心をこめて読み聞かせます。
ちなみに、読んだら読みっぱなしです。「おーしーまい」で本当におしまい。「おもしろい?」「どうだった?」と感想を聞いたり「この子みたいに〇〇しないとね!」みたいな教訓はなし。主食の絵本ってもう完成されてるんだと思います。私が野暮な味付けしたり宣伝しない方が良い。
こうして書き出すと、1冊を手に取ってもらうまでの長いこと……でもその分、はじめて子どもに聞いてもらえたときの、そして喜んでもらえたらしいと感じるときの嬉しさは相当なものです。
そんな本であれば、一緒に本を読める日が少なくても、時間が短くて1冊しか読めなくても、心地よい満足感があります。
誰かの言葉を借りながら、世界から預かったメッセージを子どもに上手く伝えられたような満たされた気持ち。「世界は善である」とシュタイナー教育の本(だったかな?)に書いてあった文言を噛みしめてしまう程度には1冊の密度がすごい。
「主食の絵本」とはよく言ったもので……量が少なくても、白米と味噌汁を食べ続ければ何とか生きていける、ということですね。
まあでも、私が絵本好きだからこうして地道にやっているだけで、読み聞かせせに教育的意義だけを求めていたら継続できていないと思います。何だかんだで好きなのが一番ですよね、結局。
いつかふと思い出してほしい
私が子どもに本を読んでやりたい理由、
読解が得意になるといいな、とか、情緒が豊かになるといいな、とかやっぱりそういう打算的な心もないことはないんですが(←正直だな)
やっぱり「あの本、小さい時に読んだな」って思い出してほしい、というのが一番です。何がどう役に立ったとハッキリ言えなくても、そういう本って目に見えないところで心の支えになると思うので。目に見えない心の支えを作るって本当に難しいけれど(マニュアルがあるわけじゃなし)、本の力を借りればできるんじゃないかなあ……。


