人の不幸は蜜の味?
人の不幸は蜜の味、という言葉があります。
他人の不幸や失敗を見て「それ見たことか」と外野から笑ったり満足感を感じたりすることです。
ネットスラングで「メシウマ」なんて言葉もありますが、ちょっと調べたら、ドイツ語では”Schadenfreude”、中国語では「幸災樂禍」と、同じような意味の言葉もあるみたいで。他人の失敗を見て……って、世界共通なのかもしれません。
実際、人の失敗談って、成功体験より見たり聞いたりしてもらいやすいようですね。私も今まで数々の失敗をしてきているのですが、もう時効のエピソードも結構あるので、ちょっと公開しようかな、と。
まずは大いに笑ってやってください……そして、良かったら反面教師にしてください。「失敗は成功の母」という言葉もあることですし。失敗談、みんなで学べば怖くない!
名付けて「しくじり先生~原みたいになるな!!~」
第1回の今日は「センター試験前日に学校でもらった問題をやらなかったら、本番で一言一句同じ文章が出て戦慄した話」です。
タイトルでオチまで言っちゃった(笑)
それは私が高3年生のセンター試験(※現在の共通テスト)前夜のこと。
自室でゴロゴロしながら「ああ~いよいよ明日が決戦かあ~」 と、学校でもらったセンター試験の模試をパラパラめくっていました。
「提出ではないが、最後の最後まで、できることをやるように」という言葉と共に配られたその冊子。確かどこかの予備校が出していた、センター試験直前用の模試でした。
めくるなら解けよ、という感じですが、私はその問題を眺めながら、事もあろうに私はこう思っていたのです。
「まあ課題じゃないし、やらんでええじゃろう……」
当時通っていたのは、週末にたくさん出る課題が名物の進学校。提出期限に遅れると「課題部屋」という別室に出頭(?)して、仕上がるまで部活に出られないという制度がありました。真面目だった私は部活に出なければみんなに迷惑をかけると思い込み、仕上がりや理解度はともかく、課題を期限通りに提出することに命をかけていました。
それを繰り返した3年間、課題と言われればやって出しますが、クオリティは問わない、怒られなきゃ何でもええでしょう、という、真面目なんだかアホなんだか分からない思考停止に陥っていました。
……で、これは課題ではないのでやらなくて良い。
そう結論付けて、件のセンター模試はきちんと解くわけではなく、とりあえず一通り目を通してさっさと眠りにつきました。
翌日。事件は国語の後半、古文の解答に差し掛かった時に起きました。
「……これ、昨日読んだような気がする!
いや、読んだ!!絶対に読んだ!!!でも…解いてない!!!」
あなおそろしや!
Oh my goodness!
Holy sxxt!
ク〇、マジか!!!
古語から英語から現代語まで、知っている限りの罵り言葉が一斉に脳内をかけめぐり……解答用紙に突っ伏しました。
なんと出題されたのは、昨夜のセンター模試で流し読みした古文。同じ文章が、そっくりそのまんま。範囲までほとんど同じ。
既視感はあるのに、詳細を覚えていないのです。
昨日解いておけば、解答を読み込んでおけば、絶対に答えられた数問……
突っ伏したり天を仰いだり頭を抱えたり、静まり返った試験会場で数秒ドタバタしました。
誰ですか?課題じゃないしやらんでええじゃろう言うたのは。(自分です)
先生怒らないから出てきなさい。(自分です)
完全に自業自得。気を取り直して泣く泣く最初から普通に解きました。
自己採点の結果は一応合格点だったのですが、私は頭に「ド」が100個くらいつくド文系で、理数科目は悲惨な点数だったので、国語と英語での失敗は何一つ許されませんでした。首の皮一枚でつながったから良かったものの、あの前夜に解いていればもう数点上乗せできたはずなのに……
もしあの日に戻れたら、私は18歳の自分の眉間に人差し指を突き付けてこう言うでしょう。
「課題をやるのは他人のためではない。己のためである」
……こうしてこの世界にまた一つ、新たな教訓が生まれた。(←トリビアの種を知ってる世代の人、それっぽく読んでください)
「課題をやるのは他人のためではない。己のためである」
センター試験前夜の失敗より
この話は、共通テストが近づいてくると授業で毎年しています。
「あと〇週間しかないから」
「今更やっても無駄だから」
「この範囲が出るか分からないから」
……だから、やらない?
ここまで聞いた人なら分かりますよね。それは言い訳をして楽な方に流れているだけであり、間違っていること。見るもの聞くもの取り入れるもの全てが、マークシートを塗るその瞬間まで、自分の力になること。最後の最後まで諦めないで!
しくじり先生シリーズ、第1弾でした!それではまた👋


